HOTEL NIDOM
〒059-1365 北海道苫小牧市字植苗430
↑施設の外観
交通手段:新千歳空港→タクシー約20分
値段:10000~80850円
樽前の湯ドーミーイン苫小牧
〒053-0023 北海道苫小牧市錦町2−1−22
↑施設の外観
交通手段:JR室蘭本線苫小牧駅南出口→徒歩約7分
値段:6000~7500円
名鉄小牧ホテル
〒485-0029 愛知県小牧市中央1−260
↑施設の外観
交通手段:私鉄名鉄小牧線小牧駅→徒歩約0分
値段:5250~22050円
苫小牧プリンスホテル
〒053-0045 北海道苫小牧市双葉町3−2−8
↑施設の外観
交通手段:新千歳空港〜JR函館本線新千歳空港駅乗車苫小牧駅下車北出口〜タクシー(約5分)
値段:4410~7875円
プラザホテルニュー王子
〒053-0022 北海道苫小牧市表町2−1−30
↑施設の外観
交通手段:JR室蘭本線苫小牧駅苫小牧南出口→徒歩約10分
値段:5250~8925円
ホテル杉田
〒053-0022 北海道苫小牧市表町4−2−4
↑施設の外観
交通手段:新千歳空港→道南バス新千歳空港から苫小牧行き約45分グランドホテル前下車→徒歩約1分またはタクシー約0分
値段:~円
苫小牧ニューステーションホテル
〒053-0022 北海道苫小牧市表町5−7−1
↑施設の外観
交通手段:JR室蘭本線苫小牧駅南出口→徒歩約2分
値段:5250~9660円
グランドホテルニュー王子
〒053-0022 北海道苫小牧市表町4−3−1
↑施設の外観
交通手段:新千歳空港→バス新千歳空港から苫小牧駅前行き約40分グランドホテル前下車→徒歩約0分
値段:6000~23000円
ホテルサンルート苫小牧
〒053-0023 北海道苫小牧市錦町1−1−2
↑施設の外観
交通手段:新千歳空港→道南バス苫小牧行き約40分表町停留所下車→徒歩約3分
値段:4500~10500円
ホテルルートイン苫小牧駅前
〒053-0027 北海道苫小牧市王子町3−2−15
↑施設の外観
交通手段:新千歳空港→バス苫小牧下車→徒歩約2分
値段:4500~6800円
国民宿舎 能登小牧台
〒929-2214 石川県七尾市中島町小牧井部55番地
↑七尾湾を望む高台にあります。
七尾湾の眺望と能登の旬食、湯ったり温泉でいやしのひとときを
能登の山海の幸を盛り込んだお食事に自慢の温泉露天風呂で湯ったり気分!冬の名物「能登牡蠣」シーズンの到来!カキ炭火焼プランがおすすめです♪
小牧旅行記
真冬の北京、四大びっくり (by yumidongさん)
東北地方とほぼ同緯度に位置する北京。
北京の冬はかなり寒いと聞いてはいたけれど、その分旅行代金も安く、観光客も少ないだろうというせこい考えから、北京行きを計画。
しかし、実際に行ってみると、中部地方の冬とはちょっと違う四大びっくりを発見することに♪これが観光とはまた違った旅の醍醐味なのです。
私にとって今回の旅は、小牧空港からの最後の旅、そして燃油サーチャージのかからない最後の旅となりました。
中国旅行記3(2):6月19日(1)香港・名古屋空港から香港へ(by 旅人のくまさんさん)
<2002年6月19日(水)>
<朝食は国内線で>
香港まではキャセイ航空CX533便、10時丁度の出発なので、2時間前の8時に「ルックJT*」受付前集合を指定されました。家から空港までは1時間半弱の距離なので多少早い時間です。しかし、6時半頃に出発すれば間に合います。前日までに準備を済ませておけば、普段とあまり変わらない朝の時間です。
乗った地下鉄は6時32分平針発岩倉行きでした。これですと西春まで乗り換えなしです。上小田井で乗り換えたとしても、結構名鉄の便数があり、便利です。
順調に名古屋空港に到着しましたので、8時の集合時間までには十分に余裕がありました。空港内の店などを覗いて8時の受付時間を待ちました。JT*受付での手続きは簡単でした。名前を言って、パスポートを出しただけで済みました。搭乗券の引換券や受領サインも無しでした。
出発まで2時間ありましたので、シャトルバスで国内線ターミナルに移動しました。こちらの方が安くて、美味しい店が多いからです。国内線ターミナルは結構混雑していました。今がワールドサッカーの最盛期であり、国内を移動するサポーターによるものらしいようです。いつもの店はセルフサービスの大衆食堂です。ガラス棚に並んだ品々は、麦酒のツマミに最適なヤッコ、枝豆、しめ鯖、とろろ芋などが並んでいます。ついこちらを主体に選択してしまいました。中生ビールを水代わりに注文しました。機内での食事を考えて、食べ物、飲み物も控えめにしておきました。
<常滑沖の新国際空港>
名古屋空港を飛び立ったキャセイ航空機は小牧市から名古屋市を横断して名古屋港、伊勢湾へのコースを飛びました。梅雨時なのに、名古屋市を空から散歩したような好天に恵まれました。
機内で隣の席に座られたのは、同じツアーを単身で申し込まれた西区のYaさんと言う方でした。ほかに4組のご夫婦連れを含めて、10名が今回のツアーの総勢です。このことは後で知りました。
Yaさんとは飛び立って直ぐに話が弾み、香港、桂林でもとくにご一緒させて戴く機会が多きありました。名古屋港近くのベースボールのような形の埋立地が見えた時、
「ここは魚釣りの名所です。私もよく釣りに言ったところです」
と教えて頂きました。
更に南下しますと、知多半島が見えてきました。半島までの距離のせいかも知れませんが、思った以上に小さく見えました。一寸驚きでした。半島全体の形が肉眼で見渡す事が出来ました。その中間より少し北の辺り、常滑沖には新国際空港の埋立地も確認する事が出来ました。
新聞記事などによりますと、順調に工事が進んでいるようです。しかし、個人的な立場では、今の名古屋空港に比べると、相当にアクセスが不便になりそうです。西区にお住まいなので、Yaさんの方が影響がはるかに大きいようです。空港の開設と併せて、各種アクセスの早期整備も進んで欲しいものです。
<香港到着>
順調なフライトでした。昼間のフライトなので、名古屋上空から紀伊半島くらいを眼下にすることができました。海上に出てからは、梅雨前線の雲に覆われてしまいました。次に見えてきたのは、台湾でした。
2時間半ほどフライした後、左手に大きな陸地が見えてきましたが、それが台湾である事が、咄嗟には分かりませんでした。「中国大陸近くをフライとするのでは?」との先入観がありましたので、「中国大陸のどの辺り?」との思いに惑わされたためです。
後で地図を調べますと、サツマイモの形をした台湾が一番西に出っ張っている台南県近くを通過したようでした。港近くに大きな都市、台南市があり、複雑に海岸線が入り組んでいました。機上から見た港風景は、「複雑に入り組んだ海岸線と、かなり大きな港町」と言った印象でした。
台湾南端付近から香港までは近い距離です。30分程のフライトでした。香港も中国大陸では南部に位置し、ベトナムまでも大した距離はありません。機が高度を下げると、海上には大小の島々が見えてきました。どちらかと言えば、ビル群だけを想像する香港は、意外と多くの島があり、人が住んでいない島も多いようです。
所々厚い雲もありましたが、白いぽっかりと浮かんだ雲の方が多く見えました。どうやら、天候には恵まれたようです。ビル群を眼下に見た後、機体は長い橋を左手に見て、着陸態勢に入りました。
<香港国際空港>
香港の地名をよく理解できていませんが、従来の空港は、九龍(カオルン)半島にありました。今度の新しい空港は、市街地から離れて、蘭頭(ランタオ)島の方へ移転しています。東南アジアにおけるハブ空港に位置付けられているようです、かなり大規模な国際空港です。空港内の移動に無人電車を使用している事でも、その大きさが推し量れます。
規模が大きいだけに、当然ながら到着便も多く、入国審査では大分並ばされました。香港への入出国審査と、桂林へ移動する時は、中国本土への入出国審査が必要となります。日本人からみた香港は、1997年の中国への返還以来、何も変わっていないと言った方が当たっています。
私達を出迎えてくれたのは、働き盛りのガイドさん、何(ホウ)さんでした。日本人顔負けの達者な日本語を操る人でした。つい、5年程前の上海・西安旅行の時の上海のガイドさんを思い浮かべてしまいました。
<一国二制度>
1997年7月1日に、香港がイギリスの統治下から中国に復帰して約5年が経過しました。しかし、イギリスの総統が居なくなった外は、表面的には従前と何も変化がないようです。中国として、1国2制度を表明し、50年間は香港では旧制度(?)を維持するとしているからです。
通貨も本土では人民元を使用しているのに対し、従前と同じ香港ドルを使用しています。空港内の銀行で香港ドルへの両替をしておきました。この後、香港に戻ってくるものの、少な目の両替にしました。後でガイドさんから聞いた話では、香港ドルと人民元との互換性は無いと言います。それぞれに見当をつけて両替しないと、残分の処分に困ってしまうことになります。
香港に隣接した地域には、中国では上海と並んで急発展を遂げる深センがあるものの、経済的な格差はまだまだ大きいようです。中国本土の平均給与が1万から2万円程度であるのに対し、香港では15万円程度のようです。正確な比較ではないが、概ねこんなオーダーのようです。
これほどの差がある地域がフリーに往復できるようになりましたら、途端に経済摩擦、社会混乱が起きる事が目に見えているようです。
香港が変わっていないと言う面では、ガイドさんの話を聞いていても、意識の面でも全く従前と変わっていないようです。
<空港内での食事>
桂林へは夕食の後に出かけるスケジュールとなっていましたので、1時間以上を、空港内で時間つぶしをする事になった。空港ターミナルを出て、繁華街へ出るには1時間以上かかり、往復する時間も無いので、やむを得ません。
ガイドのホウさんの話では、空港の外には何も無いと言う。それで、Yaさんと空港内のウィンドーショッピングなどで時間を潰しました。一寸勿体無い時間でしたが、香港からまた別の国に入国する事を考えれば、必要な時間なのでしょう。
食事は空港内の中国料理店、美心閣でした。待ち合わせの車展示場の直ぐ上の階にありました。間仕切りはしてあるものの、店としての天井の無い、吹き抜け構造になっていました。後で旅行メンバーの方の感想にもありましたが、大勢の旅行客が出入りする一角であり、少し衛生面での抵抗感がありました。
サービスの飲み物は、ソフトドリンクか、コップ一杯の麦酒でした。それで、躊躇せずにビールのボトルを追加注文しました。点心の料理は、可もなく不可も無しと言った感じでした。
<厳しい桂林の入国審査>
ガイドのホウさんは、桂林への出国手続きの事を丁寧に話していたようですが、余り真面目に聞いていませんでした。香港を出発する時に見当を付けていましたが、桂林への到着は。遅い時間になりそうです。
桂林への移動はドラゴンエアー機でした。160人乗りくらいの中型機でしたが、機体が新しく少しほっとしました。中国国内線では、老朽機による事故が多かったように記憶していたからです。
当初の計画では、17時55分香港発、19時20分桂林着の予定でしたが、手帳に記した時間では、19時25分香港発となっていました。1時間半ほど出発が遅れたことになります。大粒の雨が降っていましたので、雷雲が発生していたのかも知れません。
香港の出国審査も厳しかったですが、桂林の入国審査も同様でした。出国の時には荷物を3、4度レントゲン機に通されました。洗面用具の中に、めがね用の小さいドライバーが入っており、これを探し出すためでした。それを放棄してやっとパスになりました。使ったことのないドライバーなので、自分でも全く気がつかない品でしたし、何度も検査をパスした持ち物だったからです。
入国カードは香港のガイドさんが全部確認して「OK」サインを貰っていましたが、書き直しを指示されました。漢字での記入は認めないとの立場で、「英文カードに書き換えなさい」との指示でした。それくらいの書き換えは直ぐにできますので、問題なかったですが、納得し難い気持ちが残りました。
後でこのことを私なりに原因を分析してみました。その結果は、私の姓の一文字が読めずに、審査官がコンピューターインプットできないのが原因のようでした。
それならパスポートの英字表示からインプットすればよさそうなものですが、手っ取り早い、書き換えを指示したのでしょう。同じように漢字表記をした人でも、書き換えを指示されたのは、私一人だけでした。
桂林で出迎えてくれたのはリンさんと言う、人のよさそうなガイドさんでした。「日本語で『しのぐ』という字を書きます」と自己紹介されました。「凌」と言う字でしょうか。
<いつものオールドパー>
空港からホテルまでは車で1時間ほどかかり、ホテルにチェックインしたのは、23時を回っていました。翌日は7時の食事で顔を合わせることを約束しました。いよいよ漓江の川下りです。
海外旅行の旅の供はオールドパーと決めています。一番好きなスコッチウイスキーです。シングルモルトではないですが、ピートモスの香りが程よく効いたところが気に入っています。これを名古屋空港の免税店で買って、旅の供としています。供であり、友でもあります。
名古屋の洋酒専門店、スコッチを多く扱っているお店でオールドパーが好きだと話したことがあります。その時、店主が勧めてくれたのが、一段とピートモスが効いたシングルモルトでした。オールドパーのベースになっている品です。名前は忘れましたが、小さなグラスに何杯かお替りをしました。傍らに水のグラスを置いて、ストレートで飲んだ味が忘れられず、一層オールドパーが好きになりました。店の名前はバーリーです。このところ、オールドパーを飲む度に思い出します。暫く足を運んでいないのが残念です。
2、3日の旅行では余ってしまうことがありますが、4、5日の旅行では丁度いい量です。部屋に戻って、その日のことを思い出してメモをとったり、明日の旅行に思いを巡らしながら水割を呑むことにしています。ミネラルウォーターを冷蔵庫で冷やしておけば最高です。しかし、常温でも構いません。酒の肴も殊更必要とはしませんが、地元で見つけた美味しいツマミがあれば、言う事はありません。
一日を終て語らう友のあり今宵の我にオールドパーよ
【旅行時期】2002/06/19~2002/06/23
【エリア】
香港
【テーマ】
【投稿者】
旅人のくまさん
中国旅行記6(2):2月8日(1)上海・上海到着、昼食と買い物、電車で都心部へ(by 旅人のくまさんさん)
<2005年2月8日(火)>
この日のメモです。「4時30分起床、5時30分、リュック1つで出発、地下鉄原駅へ。6時45分名古屋空港到着。時差1時間、10時30分(現地時間)上海到着。Enちゃんの出迎え。名古屋曇り、上海小雨」
5泊6日の上海、朱家角の旅の始まりの日です。今回は残り少なくなった、小牧の名古屋空港からの最後の出発になりました。帰国も名古屋空港になります。
<名古屋空港集合、出発>
早い時間なので、まだ通勤の人も疎らな地下鉄でした。犬山行きが出た後なので上小田井駅乗換えとなりましたが、直ぐに西春方面の電車がやって来ました。家を出て1時間と15分余り、予定通りの名古屋空港到着となりました。今回が小牧の名古屋空港利用の最後となると、少し感慨深いものがありました。
空港の国際線3階の出発ロビーには、既にOgさん、KnちゃんToちゃんが到着されていました。Ogさんが車で回って、ご一緒されたそうです。キャスターには沢山の荷物が積んでありましたが、これはどうやらEnちゃんからの頼みで、Ogさんが運び役になったもののようでした。還暦祝いの席などで配られるお土産などのようです。
Myちゃんはバスで空港までやって来るとのことで、7時5分が到着予定時刻でした。フライトまでは2時間以上の余裕がある朝の時間でした。出発ロビーの混み具合も、大したことがありませんでした。まずは、空港レストランで揃って軽食を摂り、出国審査を受けました。
2月17日の新国際空港、セントレアの開港を間近に控えて、免税店ショップは様変わりしていました。既に引越しを終えたお店のコーナーは、布で覆われたり、間仕切りがありました。私の旅の友であるオールドパーを買い求めようと、店の人に訪ねたら、 「酒類の販売は終了しました」と、あっけない返事でした。
<上海到着、自宅へ>
順調なフライトで、無事上海空港へ着きました。入国審査は直ぐに済みました。空港は新年の飾りつけがあちこちに見られました。既に正月気分です。預けた荷物も何のトラブルも無く引き取ることができました。
空港では先に帰国されていたEnちゃんが出迎えてくれました。前回の旅行でお世話になったチョウさんが愛用のマイクロバスでご一緒です。一番時間が掛かったのが空港内の銀行での両替でした。列が長いのではなく、一人当たりの時間がかかり過ぎでした。でも、今回が初めてではないので、諦めて列に並びました。
換金レートは上海浦東発展銀行発行のレシートで0.07811元/円でした。円の方から逆算しますと、約12.8円/元でした。通常13円程度ですから、少し円が上がっていました。手数料は25元、日本円換算では320円程度です。そのレシートに印字された時刻は、現地時間で11時04分でした。前回の旅行の残金が、1000元ほど手元に有りましたので、3万円だけを両替しました。
自宅まではチョウさんの運転でスムーズに到着しました。大晦日で高速道路も混んでいないようでした。自宅へ到着して早速部屋割りです。私は前回と同じ和室にさせていただきました。その部屋にはコタツが用意されていました。
初めて泊まられるToちゃんは、Enちゃんの先導で、Knちゃんとご一緒に新築の家の見学をされました。このお宅の各部屋の設備、什器類を見学させていただいて、驚かない人はありません。多分、Toちゃんも同様の感想だったでしょう。
<昼食、近所のスーパーマーケット>
部屋に荷物を置いた後、揃って近所の店に昼食に出かけました。前回ブランチで利用した、黒人の方が経営している喫茶店は旧正月休みでしたから、「東港漁村」と言う名前の別の店になりました。店の看板ではエビ料理などを強調していました。
お店は空いていました。多分、大晦日、新年の準備で、各家庭とも大忙しの時間帯なのでしょう。お店に入った左側の席に陣取って、このお店での食事から、今回旅行記の隠れた副題、グルメツアーが開始です。皆さんに人気があったのが、大きなアンマン、ホイールで包んだキャベツ料理などでした。たっぷりと黒酢を付けた料理も、美味しく戴きました。デザートのスイカは薄く切ってありましたが、甘味、風味は申し分ありませんでした。普段は余りフルートを食べませんが、旅行の時は別です。
食事の後は、恒例になったスーパーマッケット巡りです。この日はまだ買い込むのが主な目的ではなく、お土産などの下調べです。大晦日に開店していることは、Enちゃんが事前に調べてくれていました。日本の大晦日と同じ風景でした。店内は、纏め買の人で賑わっていました。
<電車での外出、飲茶の店>
外出は電車にしました。私は地下鉄の乗車経験はありましたが、電車は始めてです。願っても無いことでした。5号線の銀都路駅から地下鉄1号線の乗換駅までは2駅、2元、日本円では26円程度です。日本の料金と比べると、初乗り料金はざっと1/5と言ったところです。
銀都路駅から乗換駅までは混んでいませんでした。しかし、1号線での乗換えの時の席取り合戦は見応えがありました。日本ではデパートのバーゲンセールの風景と言ったところでしょう。女性にはとても敵いません。しかし、何とかOgさんと二人分の席は確保できました。力の鬩(せめ)ぎ合いの結果に生じた、一瞬の空白でした。(冗談です)
降りた駅は衡山路(ハンシャンルー)駅です。上海の人気スポットの1つです。最初は足裏マッサージのお店探しです。しかし、どこも旧正月での閉店でした。それで、次は飲茶のお店探しに変更です。
最初に、老舗の茶舗である唐韵茶坊を覗きました。しかし、夕方早く閉店したいとのことで、結局、諦めざるを得ませんでした。店員さん達も、早く帰って大晦日の爆竹をやりたいのでしょう。何とか断ろうと言う思いが、顔に出ていました。
諦めて入ったのが、道路を渡った近くの店でした。こちらは唐韵茶坊程は名が通っていないお店だと、Enちゃんからお聞きしました。こんな時が書き入れ時でしょう。直ぐに奥の席に通されました。頼んだのは烏龍茶のセットでした。最初にフルーツの山盛りが2つ出されました。このお店で、還暦祝いの席までの時間調整です。
ゆっくりと飲茶を楽しんでいる内に、明り取りの窓を通して外が暗くなり始めたのが分かりました。それと符牒をあわせるように、近くで爆竹が鳴ったり、明り取りの窓に花火の閃光が見え始めました。そろそろ、飲茶の時間はお終いです。
<Enちゃんの親戚の還暦祝>
還暦祝いのお店までは、歩いて行ける距離でした。何度か車で通ったような、見覚えのある街路でした。奥のテーブルには主賓をはじめ皆さん方がお揃いでした。手前のテーブルには、S.P.先生とYa先生が既に着席されていました。お店の1階を貸切っての還暦祝いでした。
この席でPnPnちゃんの同僚の方が2人出席されました。中国留学がきっかけで、上海の人になったAoさんとFuさんです。ある商社で現地採用された人達です。上海暮らしが、完璧に気に入られているようでした。日本と比べると時間が自由なのが、気に入ったとの話でした。
宴もたけなわになった頃、Toちゃんが日本から持参された道具、材料を使って抹茶の振る舞いをされることになりました。お店の人に頼んでお湯を融通していただき、茶碗、茶筅(ちゃせん)を使っての、本格的な所作のお茶です。
最初は還暦を迎えられた主賓の方からです。介添えとしてKnちゃん、通訳としてEnちゃんが付きっ切りでした。その結果、「美味しかった」とEnちゃんを通じて感想がありました。
そのほかの出席者の方にも順次振舞われました。可愛らしい容器に入った、茶菓子も用意されていました。中日友好の輪が広がったような瞬間でした。この日の料理も美味しく戴きました。上海蟹も黒酢を付けて戴きました。
窓の横で華々しい爆竹が鳴り始めました。皆さんも、少しそわそわし始めたようです。還暦祝いの席も、そろそろ、お開きです。
<ディスコ風のお店で>
大いに盛り上がって、中日友好の場になった還暦祝いの席もお開きになりました。先に長老の方などをお見送りして、店を後にしました。次は大晦日の爆竹、花火が始まるまでの時間調整に、軽く1杯です。
そのお店は、「江南小府・悠菜坊」の看板がありました。バンドによる生演奏があるディスコ風の店です。同じメンバーによるボーカルもありました。還暦祝いの席でお腹が一杯になっていましたので、この店ではスコッチウィスキーの水割りを頼みました。
この店としては、まだ早い時間なのでしょう。空席が目立ちました。飲み物より、食事の方がメインの組もありました。このお店では、Ogさんと荷物の見張り番を引き受けました。このお店で、PnPnちゃんのもう一人のお友達と合流しました。別の席で接待の仕事があったようです。手には1センチほど残ったイイチコのボトルがありました。名前を忘れてすみません。仮にハマちゃんと呼ばせていただきます。
Enちゃんの話によると、ハマちゃんの北京語は流暢だそうです。5年ほどの北京勤務から上海に転勤されたようでした。中々面白い方で、派手に、賑やかに踊られていました。
<PnPnちゃんの高層マンションで花火見物>
ディスコ風の店からは、2台の車に分乗してPnPnちゃんのマンションに向かいました。ホテル並みのセキュリティがかかった、高層・高級マンションです。部屋掃除のルームサービスもあるようです。1階の建物表示に「シルバー・コート」の名称と、「サービス・アパートメント」の英文の添え文字もありました。
一足先に上海に帰ったEnちゃんが買い込んだ爆竹、花火と、PnPnちゃんが買い込んだものとで、まるで火薬庫のような量になっていました。後は、写真の方をご覧ください。
日本で言う紅白番組が終わった午前零時、上海中心部の花火、爆竹はとても文章では書き表せません。体験されることをお勧めします。頃合いを見計らって、マンションの前で爆竹、花火を楽しみました。街中が音と光と煙の坩堝(るつぼ)となって仕舞いました。
<偽物タクシーにご注意>
大晦日の花火を終えて家に戻ったのは1時半頃でした。この時、別のタクシーで帰ったEnちゃんの方でトラブルが起きました。プリペイドカードが読み取れないとの運転手の話がきっかけでした。
実はこれは犯罪でした。運転手が、カードを残金ゼロのものに掏り替えたためでした。ほとんど使っていない全額が被害に遭ったようです。納得できなかったEnちゃんが、この後、発売した駅や、事故処理窓口に電話で問い合わせた結果、分かったことです。
Enちゃんが事故処理窓口に問い合わせた時、領収書の番号を聞いて、即座に「それは偽物です」と返事があったそうです。赤色で印刷された一桁の短めの数字でした。本物の領収書は2、3段に書かれた長い数字だそうです。
改めて、Enちゃんが今回の旅行で集めた手元の領収書を確認されたら、他にも偽物が見つかりました。現金で支払った分は被害に遭わなかったようです。特に夜間の時間帯に発行されたものが危ないようでした。今回のカードすり替えの時も、「知らないタクシーだったし、運転手の無線会話がおかしかった」と、Enちゃんは気が付いていました。
非常に貴重な経験でしたから、注意事項を箇条書きにしておきます。
?偽タクシーは沢山走っているので、名の通った会社のものにする。
?カードすり替えはよくある被害、高額の残高カードにしない。
?赤っぽい色の車が危ない、地味な紺色が安全。(確率の問題)
?1行だけの領収書番号は、間違いなく偽物。
?高級マンション、ビル等から利用する際は、特に注意が必要。
?同様に、夜間利用の場合に狙われやすい。
?危ないと思ったら、カードを出さずに現金支払いにする。
等です。カードは便利ですが、くれぐれもご注意ください。
自宅へ向かう高速道路で
冬木立続く高速只管に一直線の道は続けり
出迎の車に流るる上海の歌聴きし時旅は始る
大晦日の花火、爆竹
中国の四千年の歴史の上に空を焦して重ねる一年
新年を寿ぐ煙火夜に至りライトに霞むビルは群建つ
大声で話せど声は掻消され煙に咽び爆竹鳴す
2008.冬 青春キップで歳末の敦賀小牧かまぼこ行き(by 滝 望洋さん)
久しぶりの投稿です。
12月29日、「おせちかまぼこ」というのが面白そうなので、年末に敦賀の「小牧かまぼこ」に行ってきました。私の家からは湖西線で直通があるので、行きやすいのです。
ついでに、敦賀きらめき温泉 「リラ・ポート」にも寄ってきました。
駅を出て、少し駅前の土産物屋でいいかまぼこ無いかとうろうろしました。駅前に戻ると、路線バスがちょうどありました。チョット遠回りして敦賀トンネル温泉「北国グランドホテル」を経由していくので、敦賀の山側を少し見ることが出来、それはそれで面白かったです。「リラ・ポート」はカニツアーのバス団体が寄るような看板が出てはいましたが空いていました。まず、レストランでお勧めの鯛めしを食べ、その後お風呂でゆっくりしました。
帰りはぶらぶら歩いて「小牧かまぼこ」へ。こちらは、駐車場に観光バスがいっぱい(それこそ、カニツアー!のバス)。個人の車は下の駐車場に回されていました。店内もいっぱいの人でした。「おせちかまぼこ」きれいでおいしそうなのを色々セットにしてもらいました。駅にあったクーポンを提示して、ちくわのサービスもいただき大満足。
駅まで戻り、駅の建物内の「若狭海鮮鮨」で夕食用に鯖鮨を買って帰りました。
イベリア半島旅行記(2):3月11日セントレア空港から、アムステルダム経由マドリードへ(by 旅人のくまさんさん)
<2005年3月11日(金)>
先月の17日に開港したばかりですから、セントレア国際空港からの出発は今回が初めてです。アクセスを確認するため、下調べをしておきました。
その時は、往きは赤池からの高速バスで、帰りは金山経由の名鉄電車にしました。荷物がある場合は、赤池コースも魅力的ですが、まだ本数が少なく、早い時間以外は、1時間に1本の割合です。それで、朝の早い時間で余裕のない今回は、金山経由のコースにしました。
<名古屋空港集合、成田へ>
早い時間なので、金山駅までの地下鉄は空いていました。何しろ、5時台の始発でした。金山からも直ぐに空港往きの電車に乗れましたので、予定の7時より随分と早く、6時半には着いてしまいました。
空港カウンターでの受付は国際線の一番奥の1・2番カウンターでした。まだ運用が軌道に乗る前の体制でしょうか、誘導や案内のための人員配置が目に付きました。このカウンターでも同じでした。その案内の人に誘導されてカウンターに行きましたが、「まだ時間前です。添乗員の人が纏めて手続きしてください」との返事でした。
少し受け付け時間を過ぎた後で、もう一度このカウンターに顔を出しましたら、直ぐに受け付けてくれて、JTBさんの説明会場の部屋番号を教えてもらいました。何かと慣れていない時期ですから、これくらいは仕方がありません。その、説明会場では、三々五々に説明が行われていました。添乗員の方は、2日前に旅行の確認電話を入れて戴いたTmさんでした。7泊8日の旅行の始まりです。
2月の名古屋空港からの出発の時は免税店が引越し途中でした。このため、私の旅の友のオールド・パーが手にいりませんでした。しかし、今度は大丈夫でした。出発前に買っていても、帰りには荷物にはなりませんので大丈夫です。
セントレアの出発は9時でした。成田空港をハブとしての飛行ですから、少々、出発が遅れても乗り継ぎには心配ありません。出国手続きはこのセントレア空港の方でした。1時間程のフライトです。
<成田出発、アムステルダムへ>
これまでは、名古屋からの直行便を原則に、旅行計画を立てていましたから、実は成田空港へ立ち寄ったのは初めてでした。何となく、乗換えが億劫な感じもしましたし、ヨーロッパ方面へは逆戻りの飛行の点も引っ掛かるものがありました。
成田では3時間以上の待ち時間がありましたから、軽食と生ビールを飲んだりしながら時間を潰しました。予定時刻では13時30分に成田発ですから、機内食が出ても15時頃になる可能性があったためです。この時間を利用して何通かのEメールも打っておきました。
成田からアムステルダムまでは、同じJALですが乗り換えてJL411便でした。後ろから2列目で、完全に近い満席状態でした。ロシア領内に入る飛行ルートは良く分かりませんでした。飛び立って暫くは飛行案内の画面がなかったためです。
帰りの飛行ルートから推測しますと、日本列島を縦断して北上し、日本海を超えた後は、直ぐにロシア領内に入ったようです。帰りは佐渡ケ島の東側をほとんど真南方向に飛行していました。 大陸から海に出た時に流氷が見えましたから、かなり北部で日本海に出たようです。北京からウランバートル近くを通った、小牧の名古屋空港からの飛行ルートとは、明らかに違うようでした。
成田発が13時30分、アムステルダム到着予定が17時35分ですから、時差の8時間を加えますと、約12時間のフライトです。後半では、座席でストレッチ運動をして、エコノミー・シンドロームにならないよう気をつけました。画面でもその手ほどきの番組を流していました。最近は、どの航空会社でも実施しているようです。
<シベリア上空の印象>
シベリア上空経由でヨーロッパへ向かう時は、この時間が無限に思えるほど長く感じます。それで、退屈しないよう、眼下に広がるシベリアの耕地を眺めながら印象を纏めました。往きのこの時間に眠ってしまうと、スペインについてからの行動に影響が出ます。その逆に帰りは無理にでも休むことにしています。
その時のメモです。「なだらかな丘陵と、曲がりくねった川、その川は全て白い帯。30分見続けていても同じ景色の連続。民家や人の手にかかったような構造物も一切見当たらない。雪や氷が少ない場所は、褐色の荒地。多分、これは永久凍土。白い帯が広くなったところが広い川、これに注ぐ川は幾何学模様に曲りくねった細い帯。時としてループのような形も。丘陵地帯が切れた平地では一面の白。窓には氷の結晶が付着。外気温はマイナス64度C、飛行速度は865km/h」などでした。
やはり、こんな景色の連続では、眠気が襲ってくるのは止むを得ません。後は、手元の画面でビデオを楽しむことにしました。アニメ、外国映画、日本の時代劇等の番組がありました。エンドレスのビデオ放送です。途中から見始めた場合、もう一度、前に戻って始めの方を見ました。
ところどころ気流の悪い箇所を飛行しましたが、予めアナウンスで放送されていましたので、何のトラブルもない、順調な飛行でした。もちろん私の場合、用事で席を立った時以外は、全てシートベルトを着用していますから、少々のことは大丈夫です。機内放送でも、シートベルトの着用が、繰り返し流されていました。
<アムステルダム到着、マドリッドへ>
シベリア上空を過ぎて、ウラル山脈を越えると少しほっとします。しかし、これから先の飛行時間もたっぷりとあります。モスクワの北を通って、サンクトペテルグルグ付近を過ぎ、それから更に西に飛んでヨーロッパの東端です。
アムステルダムからマドリッドまでの飛行は、イベリア・スペイン航空機でした。JALとの提携飛行です。Tmさんから「ここからマドリッドまでの飛行機は、基本的には飲み物サービス等はありませんから、各自で用意して置いてください。ホテルへ到着するのも夜ですから、このことも計算に入れてください」といった趣旨の説明をしてくれていました。それで、アムステルダムでの待ち時間の間で軽食を済ませ、ホテルに到着した夜に備えて、つまみを買っておきました。
アムステルダム空港の印象です。さすがにヨーロッパのハブ空港だけあって、規模も大きく、待ち時間を過ごすには設備も整っています。お土産品を選ぶのにも好都合です。通路の真ん中の目立ちやすい場所には、日本からの出店と思われる鮨屋さんも見かけました。
<マドリッド到着、ホテルへ>
アムステルダムの出発が30分程遅れましたから、マドリッドには22時30分頃に着きました。当初予定より30分遅れです、まずまずの時間でしょう。空港内での移動の時に撮った写真には22時38分の電光表示がありました。
全員の荷物が無事に届いて、迎えのバスに乗りました。メモには23時19分、空港出発とありました。やはり荷物出しには30分程の時間がかかりました。1時間以上かかることもあるようです。この時の外気温は9度Cでしたから、少しひんやりはするものの、出発した名古屋とは余り違わない気温でした。コート無しで名古屋を出発しましたが、どうやら正解だったようです。
出迎えてくれた現地ガイドさんは、たまたま同じ名古屋の西区に住まわれているベテランガイドの杉本さんでした。スペインでのお仕事で、5年程はマドリッドに住まわれているようでした。バスの中での案内では、「田舎の雰囲気が残っているポルトガルが好きです」の言葉が印象に残りました。時々、日本へも帰られているようです。予め竹村さんからお聞きしていたマドリッドの治安問題も、繰り返して注意がありました。
「スペインに渡航される皆様方へ」のタイトルで、2003年6月10日付けで出された外務省の海外危険情報では、「首絞め強盗」の話が注意喚起されていました。2001年には実に263件の日本大使館への届出があり、その後の注意喚起で減少はしていますが、マドリッドを中心に相当数の強盗被害が発生しています。
被害の特徴は、全体の8割が土曜、祝日を含めた休日に発生していることと、個人旅行者が主に狙われていることのようです。いきなり頭を殴られて気絶をさせられるなど、怖い犯罪です。持ち去られるのは金品のほか、パスポートです。闇市場で高価な値段で取引されているようです。
空港からホテルまでは1時間はかかりませんでしたが、深夜になって仕舞いました。この日はシャワーを浴びて寝るだけでした。シャワーの前に薄い水割りを作って、この日のメモを簡単に整理しておきました。まずは順調な旅行の始まりです。
シベリア中空で
荒涼の山野は氷に閉されて生の営み目には映らず
彩の少き広きツンドラの時は止りて遅々と進まず
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